平成29年秋期試験午後問題 問2

問2 経営戦略

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 電子部品会社の経営戦略に関する次の記述を読んで,設問1~4に答えよ。
 A社は,電子部品を製造する中堅企業である。優秀な技術者が生み出す高性能,高品質な製品が強みであり,異なる種類の製品を製造するP事業部とQ事業部から成る。創業以来急成長しており売上は伸びていたが,当期は外部環境の悪化によって大幅な減益の見込みである。A社のF取締役は,この状況に強い危機感を抱き,利益を確保して成長を目指す中期計画を策定すベく,経営企画部のG課長に経営戦略の立案を指示した。

〔環境分析〕
 G課長は,経営戦略の立案に当たり,まず①ファイブフォース分析とSWOT分析に基づき,事業分野別に環境分析を実施した。
 P事業についての環境分析は,次のとおりである。
  • A社の創業以来の主力事業であり,売上の80%を占める。国内売上は業界3位である。
  • 過去数年間は市場全体の需要が伸びていたが,前期から過当競争によって,競争環境が急速に厳しくなっており,今後の売上は横ばいと見込まれる。
  • 原材料として不可欠な希少金属の需給ひっ迫によって,原材料価格が高騰している。
  • 当期に,顧客企業である電機メーカー大手が事業統合し,市場が二つのグループに集約された影響で,今後は寡占市場への部品供給となる。
  • 顧客企業からの値下げ要求と,原価上昇によって,収益性が大幅に悪化しており,一部の製品で採算割れとなっている。
  • 外資系のB社がP事業と同じ市場に参入し,A社よりも安価な製品を来年発売予定である。
 一方,Q事業についての環境分析は,次のとおりである。
  • Q事業は,A社の売上の20%を占め,その国内売上は,トップのD社に次いで業界2位である。
  • A社とD社の製品は性能,品質がほぼ同等である。D社は短納期対応が強みである。小型化・軽量化に関してはA社が先行し,独自の微細加工技術と特許をもっている。
  • Q事業は数年前にできた市場だが,新規参入企業が増えており,IoTの流れに乗って,今後5年間で市場が10倍になると予測される。
  • 現在は自動車業界向けの需要が多いが,今後の需要の伸びでは医療機器業界向けが最大になると予測される。医療機器メーカーからは,短納期要求は少ないが,医療機器の小型化に伴って,電子部品も一層の小型化・軽量化が求められる。
  • A社は,業界トップの大手医療機器メーカーE社における新型機器開発に向けての実証実験に参加した結果,小型化・軽量化の点で高い評価を受け,採用がほぼ決まった。E社向けの量産化は早ければ来期から始まり,再来期に本格化される見通しである。現在,A社に十分な供給力があるとは言えず,今後も事態が改善しないと判断されれば,A社の採用が見送られD社が採用される可能性がある。

〔財務分析〕
 G課長はA社の財務状況を把握するために,直近の財務諸表を確認し,分析を行った。A社の貸借対照表,損益計算書,キャッシュフロー計算書及び財務分析は,表1~4のとおりであり,減価償却費は前期160(百万円),当期見込145(百万円)である。
 経年分析や業界標準との比較による分析の結果,収益性に問題があることが分かった。G課長は,分析結果をF取締役に報告したところ,②損益分岐点を下げるためには何をすればよいかを検討するよう指示された。
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〔経営戦略〕
 F取締役は,〔環境分析〕及び〔財務分析〕の結果に基づき,A社の経営戦略を次のように定めた。
  • P事業は,製品ライフサイクルのc移行したので,投資を凍結することによって,損益分岐点を下げて利益を確保する。
  • Q事業は,製品ライフサイクルのd移行しつつあるので,経営資源を集中し,③差別化によって成長を加速させ,業界トップの地位を目指す。

〔設備投資計画〕
 F取締役は,次の指針でQ事業の生産能力増強に向けた設備投資計画を作成するようにG課長に指示した。
  • 策定した〔経営戦略〕に沿った設備投資計画とすること
  • 投資が適切かどうかを判断するために,経済性計算を実施すること
  • 設備投資がキャッシュフローに与える影響を考慮すること

 G課長は,来期の設備投資計画案を三つ作成し,F取締役に提出した。
 なお,資本コストとは,借入れや株式などで資本を調達するために必要なコストである。
案1:
eキャッシュフローがマイナスにならない範囲で,設備投資を複数期にかけて実施する。内部利益率(以下,IRRという)は3%,資本コストは4%と想定する。
案2:
銀行借入300百万円によって,来期に設備投資を一気に実施することで,売上を増加させる。IRRは8%,資本コストは5%と想定する。
案3:
来期は設備投資を見送る。この場合,来期の売上は減少が見込まれる。

 F取締役は,④検討の結果,最終的に案2を採用した

設問1

本文中の下線①について,"買い手の交渉力"の変化によって,A社のP事業が受ける影響を,本文中の内容に沿って,35字以内で述べよ。

解答例・解答の要点

顧客企業の市場寡占化によって,値下げ要求が強まる (24文字)

解説

ファイブフォース分析について問われています。
ファイブフォース分析は、業界の収益性を決める次の5つの競争要因から、業界の構造分析をおこなう手法のことです。
  1. 売り手の交渉力(売り手≒本問では原材料供給元)
  2. 買い手の交渉力(買い手≒本問では顧客)
  3. 競争企業間の敵対関係(競合他社との関係など)
  4. 新規参入業者の脅威(新規参入しやすい業界か)
  5. 代替品の脅威(自社製品の代替品の存在)
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設問では、「買い手の交渉力」の変化によって、A社のP事業が受ける影響について問われていますので、まずは顧客の状況変化などに関する内容を、本文中から探します。

〔環境分析〕ではP事業について、「顧客企業である電機メーカー大手が事業統合し … 今後は寡占市場への部品供給となる」とあり、これが「買い手の交渉力」の変化について説明している部分だとわかります。なぜなら、買い手が少なければ、それだけ買い手の交渉力が強くなるからです。また、「顧客企業からの値下げ要求 …」とある様に、今現在、既に値下げを求められていることがわかります。「買い手の交渉力」が変化することによって、この要求が強まることが予測されます。

∴顧客企業の市場寡占化によって,値下げ要求が強まる

設問2

〔財務分析〕について,(1)~(3)に答えよ。
  • 表3中のaに入れる適切な数値を答えよ。
  • 表4中のbに入れる適切な数値を答えよ。答えは,小数第1位を四捨五入し,整数で求めよ。
  • 本文中の下線②について,来期にA社が損益分岐点を下げるためにとるべき最も有効な方策を解答群の中から選び,記号で答えよ。
解答群
  • 固定費を120(百万円)減少させ,変動費率を50%に増加させる。
  • 固定費を60(百万円)増加させ,変動費率を43%に減少させる。
  • 固定費を90(百万円)増加させ,変動費率を40%に減少させる。

解答例・解答の要点

  • a:185
  • b:81

解説

  • キャッシュフローの計算問題です。
    aは営業活動によるキャッシュフローです。営業活動によるキャッシュフローとは、本業でのキャッシュインとキャッシュアウトの差を表しています。キャッシュ(現金)の出入りですので、一般的には、プラスであれば経営状態が良好であると言えます。なお、投資活動および財務活動によるキャッシュフローについては、一概にどうであるべきということはありません。各会社の業務スタイルにもよりますので、例えば設備更新などに積極的な企業や、起業したばかりのベンチャーなどの場合は、投資活動によるキャッシュフローがマイナスになることがあります。

    キャッシュフロー計算書は、Ⅰ~Ⅲまでの合計であるⅣに期首残高のⅤを足すことで、Ⅵの期末残高が計算できる仕組みになっています。当期の企業活動を通じたキャッシュ増減は「Ⅳ.現金及び現金同等物の増減額」に示されているので、この金額から営業活動によるキャッシュフローを逆算します。

     a+▲45+▲100=40
     a=185

    a=185
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  • bは、当期見込みの固定長期適合率です。
    固定長期適合率とは、固定資産が、長期資金でどれだけまかなわれているかを表す指標です。計算式は以下の通りです。

     固定長期適合率(%)=固定資産÷(固定負債+自己資本)×100

    固定長期適合率は、100%を下回ることが好ましいとされています。つまり、長期の借金と自己資本を足した額が、固定資産よりも多ければよいということになります。仮に固定資産が上回っている場合、自分で調達可能な金額を超えた投資を行っているということになり、資金繰りが悪化することが考えられます。
    似た指標に固定比率がありますが、これは固定長期適合率の計算から、固定負債を除いたものです。固定比率は、借入を行わずに、どれだけ固定資産をまかなえているかという指標になります。

    bの計算に必要な3つの数値は貸借対照表を見ればわかります。
    • 固定資産 … 1500
    • 固定負債 … 1,300
    • 自己(株主)資本 … 550
    したがって、当期(見込み)の固定長期適合率は、

     1,500÷(1300+550)×100=81(%)

    b=81

  • 損益分岐点の計算についてです。
    損益分岐点とは、損も利益もない状態(プラスマイナス0)になる売上額を指します。この値が低ければ、少ない売上高でも利益が出やすい収益構造であると言えます。

    設問では、損益分岐点を下げるための方策を問われています。損益分岐点の計算式は以下の通りです。

     損益分岐点売上高=固定費÷(1-変動費率)

    この式を使って、選択肢の方策ごとの効果を判定していきます。当期見込の損益分岐点が3,000百万円であることから、これを最も下回る解が正解です。なお、計算で必要となる現状の固定費の額は、財務分析から1,650百万円であるとわかります。
    • 固定費を120(百万円)減少させ、変動費率を50%に増加させる。

      (1,650-120)÷(1-0.5)=1,530÷0.5=3,060(百万円)

      現状よりも高い損益分岐点となるため不適切です。
    • 固定費を60(百万円)増加させ、変動費率を43%に減少させる。

      (1,650+60)÷(1-0.43)=1,710÷0.57=3,000(百万円)

      現状と同じ損益分岐点となるため不適切です。
    • 固定費を90(百万円)増加させ、変動費率を40%に減少させる。

      (1,650+90)÷(1-0.4)=1,740÷0.6=2,900(百万円)

      現状よりも低い損益分岐点となるため、これが正解です。
    ∴ウ:固定費を90(百万円)増加させ、変動費率を40%に減少させる。

設問3

〔経営戦略〕について,(1),(2)に答えよ。
  • 本文中のcdに入れる最も適切な字句を解答群の中から選び,記号で答えよ。
  • 本文中の下線③について,どのような市場ニーズに対してどのようにD社との差別化を図るかを40字以内で述べよ。
c,d に関する解答群
  • 成長期から衰退期に
  • 成長期から成熟期に
  • 導入期から成熟期に
  • 導入期から成長期に

解答例・解答の要点

  • c:
    d:
  • 医療機器の小型化ニーズに対して,強みの微細加工技術で差別化する (31文字)

解説

  • 製品ライフサイクル(プロダクトライフサイクル)について確認しておきましょう。
    製品ライフサイクルとは、製品を市場に投入してから販売活動によって普及、成熟し、やがて落ち込んでその製品寿命が終わるまでの過程を「導入期→成長期→成熟期→衰退期」の4段階で表現した概念です。
    導入期
    先進的な消費者に対し製品を販売する時期。製品の認知度を高める戦略が採られる。この時期は費用が多くかかり、利益が出にくいため投資のキャッシュフローはマイナス状態である。
    成長期
    市場が活性化し、売上が急激に増加する時期。新規参入企業によって競争が激化してくる。成長性を高めるため広告宣伝費の増大が必要になる。
    成熟期
    需要の伸びが鈍化してくる時期。他社からのマーケット参入が相次ぎ、競争が激しくなるので製品の品質改良などによって、シェアの維持、利益の確保が行われる。
    衰退期
    需要が少なくなり売上と利益が徐々に減少する時期。追加投資を控えて市場から撤退することが検討される。
    企業は、製品がライフサイクルのどのステージにあるかによって、適した商品展開の戦略を考えます。

    cについて〕
    〔環境分析〕ではP事業について、競争が激化していることや、需要の伸びが鈍化し利益が少ないことがかかれてありますので、成熟期若しくは衰退期であることがわかります。

    ここで選択肢を見てみると、「ア」"成長期から衰退期に"と「ウ」"導入期から成熟期に"の2つは、それぞれ成熟期と成長期をスキップしているため製品ライフサイクルの推移に反しています。つまり、この2つの選択肢についてはそもそも誤りです。残った2つは「イ」"成長期から成熟期に"と「エ」"導入期から成長期に"ですから、P事業に当てはまるのは「イ」になります。


    c=イ:成長期から成熟期に

    dについて〕
    Q事業は、〔環境分析〕で「数年前にできた市場だが … 今後5年間で市場が10倍になると予想される」と説明されているように、まだ新しい市場であり、これからの急速な伸びが予測されています。よって、導入期から成長期に向かっていると判断できます。

    d=エ:導入期から成長期に

  • Q事業の戦略について、D社と、どの様に差別化をするべきか問われています。差別化をする必要があるので、D社と異なる方策が必要です。〔環境分析〕のQ事業について、「D社は短納期対応が強みである。小型化・軽量化に関してはA社が先行し、独自の微細加工技術と特許をもっている」とあります。また、外部環境要因として「今後は医療機器向けが最大になる」、「医療機器は短納期要求は少なく、小型化が求められる」などとあります。よって、A社は自社の強みである小型化・軽量化に特化した戦略を立てれば良いということになります。

    ∴医療機器の小型化ニーズに対して、強みの微細加工技術で差別化する

設問4

〔設備投資計画〕について,(1),(2)に答えよ。
  • 本文中のeに入れる最も適切な字句を解答群の中から選び,記号で答えよ。
  • 本文中の下線④について,三つの案の中から案2が最も妥当と判断した理由を,財務の観点から40字以内で述べよ。
e に関する解答群
  • 営業活動による
  • 投資活動による
  • 財務活動による
  • フリー

解答例・解答の要点

  • e:
  • 内部利益率が資本コストを上回るのは案2だけだから (24文字)

解説

  • 設備投資する際のキャッシュフローの変化について問われています。
    営業活動によるキャッシュフロー
    商品販売による収入や仕入や管理による支出など企業の営業活動についての項目を記載する区分
    投資活動によるキャッシュフロー
    固定資産の取得・売却、有価証券の取得売却など企業が行った投資活動についての項目を記載する区分
    財務活動によるキャッシュフロー
    株式や社債の発行、または自己株式の取得、社債の償還および借入金の返済、支払利息など資金調達や返済に係る項目を記載する区分
    大きな設備投資をした場合、多くのキャッシュが組織外に流れるので、特別なキャッシュインがない限り"投資活動によるキャッシュフロー"はマイナスになります。"投資活動によるキャッシュフロー"をプラスに保ったまま大きな設備投資を行うのは難しいのですが、本文中では「マイナスにならない範囲で」とありますので、"投資活動による"は除外できます。
    そして、営業活動によるキャッシュフローと財務活動によるキャッシュフローは、設備投資で増減しませんので、選択肢から除くことができます。よってeには「フリー」が入ります。

    なお、フリーキャッシュフローとは、"営業活動によるキャッシュフロー"から"投資活動によるキャッシュフロー"を差し引いたもので、事業活動によって生み出されたキャッシュを表しています。これがプラスであれば、営業状態は良好であると判断できますので、設備投資を行うときでもマイナスにならないようにコントロールする必要があります。

    e=エ:フリー

  • 設備投資計画はQ事業の生産能力増強を目的とするものです。F取締役からG課長への指示の中に「策定した〔経営戦略〕に沿った設備投資計画とすること」とあります。〔経営戦略〕を見ると、Q事業に経営資源を集中して成長させるとしています。

    まず、案3については〔経営戦略〕に沿っていないため論外です。そこで、案1と案2の違いに着目すると、内部利益率(IRR)と資本コストが異なっています。
    内部利益率(IRR/内部収益率ともいう)
    ある設備を導入することによって、その設備に投資した額に対してどれだけ利益を生むか示す指標です。高ければ高いほど、その投資が魅力的であると言えます。
    資本コスト
    資本(自己資本や借金)に対する、配当金や利息の費用を指します。低ければ低いほど出費が少ないので、経営上は有利です。
    つまり、設備投資する際の投資判断として、資本コストは低く、内部利益率は高いことが望ましく、内部利益率が資本コストを上回ると、その投資は価値があると判断されます。案1と案2を比較すると、
    • [案1] 内部利益率3%<資本コスト4%
    • [案2] 内部利益率8%>資本コスト5%
    ですから、価値のある投資と判断されるのは、内部利益率が資本コストを上回る案2だけとなります。

    ∴内部利益率が資本コストを上回るのは案2だけだから
模範解答

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